×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

イタリア・セストリエール・スキー場は2006年、トリノ・オリンピックの会場となる
自動車メーカー・フィアットが開発したリゾート地です。

ITALIA

出発:2003.1.25

帰国:2003.2.03

       

イタリア・セストリエールへは成田からJALとアリタリア航空との共同運行便で、ミラノ直行便があり便利です。
ミラノからはトリノを経由して180kmの道程でセストリエールへ到着します。

ヨーロッパまでの飛行ルートの謎と常識

大回りしてるルート
我々が目にする飛行ルートは上図のような地図に描かれたルート図です。
日本から離陸すると、大きくシベリア上空まで北上しヨーロッパに向かいます。
ヨーロッパに近づくと南下して目的空港へ着陸します。
一見大回りをしているようですが、下の地図を見ればこの謎が解けます。

地球は丸い!
極点に近づけば地球の反対側に最短で行くことが出来ます。
上の地図ルートで分かるように、このルートは日本から最短でヨーロッパへ向うルートなのです。

シルバー@moriは、まず名古屋空港から出発します。

名古屋市市街の小牧上空から見た空港のすぐ近くまで民家がせっまっています。

名古屋発 09:00 成田着 10:00 日本航空054便で出発

このため、現在名古屋国際空港を知多半島の常滑(とこなめ)沖に建設中です。

新空港の愛称はセントレア

名古屋空港で出国手続き
常滑沖のシンクレア空港より、現在の空港の方がmoriy@シルバーは便利です。
とりあえず現在の小牧市にある名古屋空港から45分のフライトで成田空港まで飛びます。

名古屋出発で成田乗り継ぎの場合は、
名古屋空港で出国手続きをすませます。

座席に余裕がある様です。
成田までの便ですが、もうビデオを
回している人もいました。

今秋の旅行にはいろいろのアクシデントがありました。
(どんなアクシデントかお楽しみに)

アクシデント1

旅行荷物の重量オーバは3万円

近年旅行荷物検査が厳しくなりましたが、それにも増して重量についても厳しくなりました。
旅行社の連絡では「ヨーロッパコースでの無料許容量は20kgまでのスーツケース(バッグ)+スキーまたはスノーボード1本」
となっていましたが、成田からの8人の内4人はスキーも含めて20kgとJALの職員に言われ
オーバー分を7千円/kg平均3〜4万円を支払わされたようです。

スキーツアーの場合スキー板が6kg前後、スキーブーツが4kg前後、スキーウエアー、などの他に、旅行ケースが6kgと
最低限でも26kg前後になります。
今後ますます、預け荷物のオーバーウエイトが厳しくなるのなら、
1.スキー板の現地でのレンタル    
2.軽い旅行ケースの採用などの方法
3.手荷物に重量物を入れるなど   
対応を考える必要があります。

 

いつものとおり富士山が綺麗に
見えました。

45分のフライトののち成田空港へ

成田空港到着

名古屋空港からターミナル1へ到着したのでターミナル2へ移動します。

双発機でも広い洋上を飛べるのは何故?

 皆さんご存知の「ジャンボ」と呼ばれるB747は、4基のエンジンを搭載しており、最も多くのお客様を乗せる事ができる機材です。
 しかしB777−300型機のように、双発機なのに400人以上が乗ることができ、機体の全長がB747よりも長いものもあります。
 この事を考えると3発や4発以上のエンジンを搭載するのは、よほど大きな機体でもない限り必要がなさそうに思えますが、
実際にはそんなに簡単な事でもないのです。

なぜかと言うと、双発機には本格的な洋上飛行、つまり広い海の上を飛ぶことが許可されていないのです。

                               双発機  
      エアバス社製A300、ボーイング社製B767やB777
 例えば双発機のA300の場合、もしエンジンが故障で1基停止してしまうと、残り1基のエンジンで最寄りの空港に緊急着陸しなくてはならなくなります。
 1基のエンジンで飛行するということは、1基のエンジンが2基分の仕事をしなければならないのですから、かなりの負担が掛かります。
 (実際には単純に2倍ではなく、それ以上の負担が掛かります。)

 A300の場合は、その残り1基のエンジンでの飛行時間が120分までと定められており、この飛行時間に制限を掛けるルールをETOPS(Extended Twin Engine Operations)と言います。

                 4発機 
       エアバス社製A340、ボーイング社製B747
 ETOPSにはETOPS60分やETOPS120分といったような区分けがあり、例に出したA300はETOPS120分の許可を受けています。
 陸づたいの飛行なら、現在地から半径2時間の飛行距離内のどこかに空港はありますが、洋上ではそうはいきません。
 このため、成田から陸づたいにヨーロッパへ向かう
旅客機は双発機で運航しているものもあるのに対し、太平洋線には4発機のB747やA340、また3発機のDC10、MD11、L1011など、古くはB707やDC8などで運航していました。
 とくにB707やDC8の引退後はDC10やL1011といった大型機以外に選択の余地はなく、これらに見合うだけの需要がないとビジネス的には運航できませんでした。


3発機:マクドネル・ダグラス社製MD−11

3発機  
マクドネル・ダグラス社製のMD11とDC10、ロッキード社製L1011

 ところがコンチネンタル航空では、1998年からニューアーク−成田線を双発のB777で運航を始めました。
    双発機なのになぜ運航できたのでしょうか。

この答えは海外スキー後編(海外skiと観光編のニュージーランドski)に回して、
いよいよイタリア・ミラノ・マルペンサ国際空港へ向かいましょう。

  

同じルートを飛ぶ、ニホン行きの旅客機

10時間を過ぎるとヨーロッパに近づきます。

夜明け近くにヨーロッパアルプスの
上空を通過しました。
丁度雲が切れ、神々しい姿が眼下に広がりました。

各席サーバー付きTV
JALと共同便のアリタリア航空は各席にテレビが備えてあり、各席で自由に映画などをダウンローできるため
自由に番組が選択でき、各座席のTVで自分の好きな時間に映画をスタートできます。

好きな番組を好きな時間に楽しめるサーバ付きTV

長時間(成田到着まで約11時間)狭い座席で過ごすにはTV画面を楽しむしかありません

英語と日本語案内比較
飛行高度= 4182m : 16185フィート
飛行速度= 687km/h : 456マイル/h
外気温度= −14℃ : 0°F(華氏)
到着地迄の距離= 11km : 18miler
到着地迄の飛行時間= 0:14 : 0:16(時分)
到着地現在時間 5:52pm : 5:50pm

距離と時間に表示誤差があるのは画面を撮影した時間差のため

英語と日本語案内比較
出発地現在時刻= 1:53am 1:50am
到着地現在時刻= 5:53pm 5:50pm
予定到着時刻= 6:07pm 6:06pm

時間に表示誤差があるのは画面を撮影した時間差のため

ミラノへは一番南のルートで飛びます。
モスクワの上空からポーランド上空を西へ。チューリヒ付近から一気に南下してアルプスを超えます。

成田空港からミラノマルペンサ空港
への直行便

間もなくミラノです

成田から約12時間半の空の旅も無事終わり無事ミラノへのマルペンサ国際空港へ到着しました。

マルペンサ空港

 

Aeroporto della Malpensa

マルペンサ国際空港とミラノ中央駅を結ぶシャトルバス

ミラノの西北46kmにあり日本便、アメリカ便の空港。
バスは中央駅(Stazione Centrale)行きで約50分、4.5ユーロ(500円)
タクシーは45〜50ユーロ(5〜6千円)

ミラノ・マルペンサ空港へ18時ころ到着

リナーテ空港(Aeroporto Forlanini−Linate) 
ミラノにはマルペンサ空港のほかにリナーテ空港があります。
ミラノの東方10kmにあり欧州便と国内便の空港です。

ミラノ・マルペンサ空港から旅行社が用意してくれたバスで、
いざセストリエール約3時間の行程です。

2006年トリノ・オリンピックのメイン会場となるセストリエールはベースの標高が2,035mと、
隣接するスキー場の中心をなす一大スキーリゾートです。

Vai Sauze,3/B

I-10058 Sestriere

italia

セストリエールって何処にあるの?

イタリア北部のピエモンテ州のフランス国境近くにある町です。
日本からは直行便のあるミラノ・マルペンサ空港へ、そこから高速道路を利用してトリノを経由して約3時間の道のりです。

イタリア・ピエモンテ州の位置

ミラノ → トリノ → セストリエール

トリノとセストリエールの位置

セストリエールってどんな町?
セストリエールの町中は、どこからでも目立つ地中海クラブの建物を中心にホテルやレジデンスが街を取り囲みます。
このエリアは自動車で有名な「フィアット」が開発を手がけた比較的新しいリゾートで、多数の人工降雪機と2000mを越える
標高のため雪不足の心配のないゲレンデを近郊にもつ町です。

セストリエールの町と、街の中のスキー場「セストリエール・エリア」

地中海クラブを中心に広がる街とホテル、レジデンス群
下方は町から延びるスキーリフト群

4ツ星ホテル
「プリンチピ・ディ・ピエモンテグランドホテル」

セストリエールで最も古い歴史を持ち、街から離れた森の中に
お城のような外観と広々とした部屋が自慢のホテルです。

細部にわたるホテルの紹介はのちほどに。

ゲレンデ紹介

ゲレンデは
1.
.「セストリエール(青枠)」SESTRIEREを中心に          
2.東側(画面左)に「サンシカリオ(赤枠)」S,SICARIOと、      
3.
「サウゼ・ドゥルックス(緑枠)」SANZE D'OULX。         
4.西側に「クラビエール(黄枠)CLAVIERE、              
5.フランスに位置する
「モンジェネーブル(灰枠)MONTGENEVRE
その他にフランスとイタリアの国境に位置するオリンピックでスノーボードの会場となる
6.「バルドネッキア(別に紹介)」BARDONECCHIA         
など合わせて6つのスキーエリアから成っています。

セストリエールは毎年のようにアルペンスキーのワールドカップが開催されるレーサーたちの聖地として有名です。
スキーをはいたままイタリアのクラビエールスキー場からフランスのモンジュネーブルスキー場へ滑り込む
国境越えのスキーも楽しめます。
また、140kmにも及ぶ滑走距離を持ち、フランスとイタリアの国境に位置するスノーボードのオリンピックの会場となる
バルトネッキアへ行く一日遠足も楽しめます。

セストリエール SESTRIERE

標高差788m(Sestriere2.035m〜M.Motto2823m)

リフト、ゴンドラ数 20基、レストラン数 9軒

ヴィアラッテェア VIALATTEA
コースの滑走距離は400kmにおよび、近郊の4つのスキー場を合わせ、
ヴィアラッテェア(英語でミルキィーウェイ)と総称されています。

第1日目 出発9:30

時差ぼけも睡眠不足もかまわず、第一日出発!

ホテル玄関へ集合!

ホテルバスで10分でゲレンデへ到着

ホテルエントランス

セストリエールのゲレンデ前

町の中心広場がゲレンデ前です。
へ延びる坂道に沿って商店街があります。

広場のにも商店街があります。
道路の右側の建物の一番手前が総合案内所でリフト券売り場もあります。

広場の西はホテル街です
トリノオリンピック
(この頃まだ名前は決まっていませんでした)に備え町中工事だらけでした。

はゲレンデ

リフト券は5日券でシニヤ
120ユーロ

街の広場でえいさくガイドを中心にミーテング

5日券のスキーパス(2003・2料金)

リフト代(単位:ユーロ)

大人

60歳以上

レギュラーシーズン(1/7〜1/25・3/16〜3/29)

112

103

ハイシーズン   (12/22〜1/6・1/26〜3/15)

125

115

保険代:上記金額に一日につき1ユーロ加算します。すなわち+5ユーロ

6日券は133〜149ユーロ、レンタルスキーは約100ユーロ

ゲレンデ到着10:00

気温 −4℃ 天候 曇り

天候、曇りが少々気になりますがセストリエールでの初滑りへGO!
まず、No12 CIT ROCクワットリフトでベース(セストリエールの街)2029mからAllpet2353mまでの324m標高差をかせぎます。

Allpet(2353m)ゲレンデへでたら天候は上々

先ずは中間点で記念撮影

ゲレンデから見たプリンチピ・ディ・ピエモンテグランドホテルとセストリエールの街

此処から更に標高を稼ぐためNo5 NUBE D’ARGENTOJバーリフトまでサー滑るぞ!

イタリアのゲレンデも長い長いJバーリフトがあちらこちらにあります。
このゲレンデも20基のリフトの内13基がJバーリフトです。

 No5 NUBE D’ARGENTOのJバーリフトは標高2304mからM,SISES2609m
標高差305mと先ほどのNo12 CIT ROCクワットリフトと合わせ、629m の標高差となります ここからの滑降距離は3120m(日本では経験できないロング滑降が体験できます)

3120mを滑降してそのまま、谷向こうのゲレンデBORGATA1840m)へ移りNo1 NUBEのクワッドリフト標高1845m2545m
標高差700m)に乗り、BANCHETTA2.555m)付近まで上がり、更にNo17 LA MOTTAのJバーリフト(標高2.440m2.840m
標高差400m)でM.MOTTA2.823m)のTOPまで上り3.5kmのロングコースを楽しみ、これを二回繰り返し
ベースのBORGATA1840m)へ下り、ランチタイムにしました。

午前中の滑降は標高差2329m、滑降距離12.12km

ベースのBORGATA1840mランチタイム
12:30

ビールが2.5ユーロ、スパゲッテイが4ユーロ

サー午後も滑るぞ!(エイサク)

午後は再びNo1 NUBEのクワッドリフト標高1845m2545mへ標高差700m)に乗り、
No3 NANFITEATROのクワッドリフト(標高2080m2509mへ標高差429m)まで滑降移動し
No.3
を三回繰り返し(標高差1.287m、滑降距離6.6km)、
最後にベースのBORGATA1840m)へ下り、No22 TREBIALSのトリプルリフト(標高1862m2128m
標高差
266m

ショッピング街の向かいに地元の人達が集まる酒屋さんと八百屋さんを見つけました。

まず、八百屋さんから覗くことにしました。

店内は野菜、果物、乾物(生魚は見当たりませんでした)、缶詰類などでいっぱいでした。

野菜コーナー

キャベツ 1.3ユーロ/kg(150円/kg)

ブロッコリー 3.5ユーロ/kg

玉ねぎ 4ユーロ/kg

野菜コーナー2

しょうが 5ユーロ/kg

ねぎ 2ユーロ/kg

仲間がブルーベリーを買う

とまとコーナー

トマト 2.6ユーロ/kg(300円/kg)

果物コーナー

ぶどう 2.8〜4.8ユーロ/kg(300〜500円/kg)

 果物コーナー

リンゴ 3.5ユーロ/kg(400円/kg)

隣りの酒屋

食後のミーテング用にワインなどを仕入れ、探訪終了

友情のコーヒー
隣りの酒屋さんには”友情のコーヒー”「Grolla」(グロッラ)を作る器も売っていました。 
これは「グラッパ」をベースのコーヒーです。(このコーヒーを飲むと酔います。)
、「Grappa」(グラッパ=アルコール度の高いリキュール食後酒)に砂糖・レモンの皮・リンゴ等をコーヒーに入れ
最後に火を付けアルコール分を飛ばしてから飲みます。

何故「友情のコーヒー」と言われるかは、入れ物を見れば分かります。
木製で飲み口が4ないし6カ所付いています。そして回し飲みして友情を深めます。
飲む口以外は指で押さえて、コーヒーが、こぼれないようにして飲みます。
数年前にクールマイユールへ入った時に、お土産に容器を買ってきましたが
当時48,000リラ(3,400円)でした。(堅い木に凝った彫り物がしてあります)

飲みかけのワインは中級は4.13ユーロ(540円)でした。

セストリエールの広場へ10分おきにホテルバスが着ます。
ホテルバス乗降場の向かいに2軒のスポーツ用具店があります。

スキー用品は30〜40%OFF
アトミックC7-18が350→210ユーロ(27.000円)
アトミック9’12が830→599ユーロ(78.000円)

 

アクシデント2

盗難事件発生

第一日目のスキーも無事終りディナーまでの間に我々の仲間の部屋が荒らされました。
6階フロアの4室の内2室が狙われたようです。

街へショッピングに出かけた2時間の間に部屋のロックをはずし、旅行ケースを空け「ビトン」のバッグなどが盗まれました。
バッグの中身は携帯電話、カード、現金等そっくり、そして大切な帰りの航空券
同室のkさんは小銭入れほかを。
隣室のIさんも小銭入れ、ビデオの電池パックなど。

ロックした部屋の施錠したケースからの盗難事件で地元警察もそれなりに捜査しましたが、帰国までには解決しませんでした。
初日に事件発生で楽しいディナーも出鼻をくじかれました。

こんなときに問われるのは旅行社の対応です。
我々が旅行社を通じてパック旅行をするのは、こんな時の保険の意味を含めて参加している部分もあります。
旅行をする場合、万一を考え保険など加入、被害に遭わないよ細心の用心、など自己責任を果たす必要がありますが、
被害に遭った時は「三方一両損」(被害者、旅行社、今回はホテル)の精神が被害者は納得できるのではないでしょうか。

ただし、ホテル側の理由によりパスポートは全員無事でした。

イタリアは物騒
1999年に同じくイタリア ドロミテskiのとき日本円で4万円ほど室内の封筒から抜かれました。
この時は私の管理も悪かったので旅行社にもホテルにも申告しませんでした。
また、チェックアウト時に飲み物代を約2万円請求され支払いました。
同室者と同じ飲み物でしたが同室者は2千円程度でした。
この時はこんなことがよくある事を知りませんでしたのでクレームを付けるのはよくないと思っていました。
関係は有りませんが旅行社は今回と同じでした。
私の外国旅行の勉強代でした。

第2日目は広大なオフピステが続くサウゼ・ド・ウルクス(SAUZE D'OULX)へ

明日の第2日目は広大なオフピステが続くサウゼ・ド・ウルクス(SAUZE D'OULX)の予定です

        

このHPはmoriy@シルバーが旅行した当時の記録です。
その後、現地の状況などが変わっています。
旅行の参考にしてくださる時は他の方法で確認して、お出かけ下さい。